ストックオプションの税制面での基礎


TL;DR

  • 備忘のためにストックオプションと RSU の税制面での基礎をまとめた
  • その前段として給与と株式譲渡に関する税制についてもまとめた
  • 税は複雑で難しいね。税最高!

ストックオプションで一発逆転したいみたいな話はよく聞くが、そのためにはなんと言っても税制について最低限の知識を持っておく必要がある。 ストックオプションと一口に言ってもいくつかのタイプがあり、それぞれの特徴を理解した上で、自分の場合はどういうケースであるのかを認識しておくべきである。

また、本当にストックオプションが優れているのか?という観点で、給与の税制との比較や Restricted Stock Unit (RSU) の税制との比較をしておくのも有用である。

しかしながら、世の中には自分の必要な情報だけがまとまっているケースがあまりないため(自分と同じ人間はいないのでそれはそうなのかもしれない)、備忘がてらまとめておく。

この内容は税に関して専門性が特にない私がまとめた内容なので、間違いなどあれば随時していただけるとありがたいです。

給与の税制のまとめ

まずは給与における税制について理解しておく。 確定申告を自分でやっている人は必然的に理解してると思われるが、やっていない人は給与明細と見比べると理解がしやすいかもしれない。以下では典型的な労働者として、自分のような一般の事業(これは農林水産・清酒製造の事業と建築の事業に当てはまらない事業を指す)会社で勤めている人を想定する。

  • 給与
    • これは給与明細でいうところの支給合計額であり、収入の一形態である。収入は一般に給与以外にも事業や不動産や株式譲渡や株式配当などいろいろなものを含む。収入の種類によって税制が異なるが、ここでは給与の税制に着目するということ。
  • 社会保険
    • これは給与明細でいうところの健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料など。社会保険とは何かが知りたければ次の資料の第三節を読むとよい(PDF): https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/dl/1-03.pdf
    • 税制の話をまとめると上で述べたが、社会保険は税金ではない。社会保険は我々の生活を保障することを目的としたもので、病気や事故などに備えるための公的な保険制度である。
    • 社会保険には医療保険・年金保険・労働保険・介護保険が存在するが、これらを詳しく理解するのは簡単ではない。会社勤めの典型的な労働者であれば、ものすごくラフに言えば月収(これは正確には標準月額報酬)の 10数% 程度を支払っていると理解しておけばよい。以下に自分の場合に必要なことをまとめておく:
    • 各種控除
      • そもそも控除とはある金額から所定の金額を差し引くという意味の言葉である。税の観点では、所得税・住民税の対象となる金額を決める際に、給与全部ではなくこの分は所得税・住民税の課税対象からは除外してあげようという惹かれる金額を指す。
      • 例えば、上で述べた社会保険料は控除される(社会保険料控除: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1130.htm)。もし控除されなければ、社会保険料で払った分も所得税や住民税の対象となり、二重で支払わねばならなくなる。これは非人道的であろう。
      • 社会保険料控除以外だと、誰にでも適用される給与所得控除 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm や基礎控除 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1199.htm がある。その他にも生命・地震保険料、住宅ローン、10 万円を超した医療費、ふるさと納税(ふるさと納税は住民税の特例控除分もあるがここでは立ち入らない)、などがある。
      • 確定申告をしてない人が年末調整で色々書類を出してるのは、支払う税金が不当に高くならないように適切に控除してもらっているというわけである。
  • 所得税・住民税
    • これが今回の本題の税金である。給与から各種控除を経て、所得税・住民税が課せられる金額(これを課税される所得金額と呼ぶ)が決まり、支払うべき税金の額も定まる。
    • 所得税は国に納める国税であり、ご存じのとおり超過累進税率が採用されており、課税される所得金額が 900万円 ~ 1799.9万円 なら 33% で 4000万円 を超えると 45% もの所得税が課せられる。詳しい金額については次を参照: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
    • 所得税はこれだけではなく、東日本大震災からの復興のための復興特別所得税もある。これは大まかには (支払う所得税) x (2.1%) がさらに支払うべき所得税として上乗せされる。給与明細ではこの金額も含めて所得税と記載されている。ちなみにこの復興特別所得税は令和 19 年まで続く https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/fukko/index.htm。金額のところで大まかに、と書いたのは正確には基準所得税額の 2.1% となるためであり、詳しくは次を参照: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/tebiki/2015/a/01/1_02.htm
    • 住民税は地方自治体に納める地方税であり、厳密には地方自治体によって変わり得るものだが、地方税法によって大きな差は生じないため、大まかには (課税される所得金額) x (10%) と覚えておくとよい。詳しくは次を参照: https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/150790_06.html

このように、給与から各種控除を経て課税される所得金額が決まり、それによって所得税・住民税が決まって天引きされ、ようやく手取りの金額にたどり着く。

社会保険料には上限が存在するが、所得税・住民税は課税される所得金額が 4000万円 以上となれば 55% もの金額が税金として引かれることになる。税の力は凄い。

株式譲渡の税制のまとめ

続いて株式譲渡における税制について理解しておく。 株式譲渡の課税に関しては色々なパターンがあり、確定申告をする(総合課税 or 申告分離課税)、確定申告をしない、が選択肢としてあり得る。 ここでは最もシンプルな確定申告をしないというパターンのみを取り上げて考える。これは株式譲渡で得た利益に対して、証券口座などで源泉徴収されて納めるべき税金が納められているため、改めて自分で税金の計算をしたり払ったりする必要がないというシナリオである。

(売却金額) - (購入金額) が利益で、これを株式譲渡所得と呼ぶ。この株式譲渡所得に対して税金が課せられる。手数料は国内株式であれば殆ど無視できるレベルなので、ここでは存在だけは認識しておくが具体的な数字などは無視する。

  • 社会保険
    • 確定申告しない場合は株式譲渡所得には社会保険料が課せられない。
    • 全体の収入・所得や損益通算を勘案すると、確定申告をした方が全体としては支払うべき税金が減るという可能性もあり、そこで総合課税や申告分離課税などが出てくるが、上述の通りここではそのようなシナリオは考えない。
  • 所得税・住民税

確定申告しないシナリオでは、給与と比べるとかなりシンプルである。 そして、税率は固定なので、給与では最大 55% + 社会保険料 となっていたものが 20% となる。これは大きな金額を対象とする場合には巨大な差となる。

ストックオプションの種類と税金

大きな金額を相手にする場合には給与よりも株式所得の方が圧倒的に有利であると理解したが、それを踏まえてストックオプションの種類とその特徴を整理しておく。

ストックオプションとは自社株を決められた期間・価格・数だけ購入する「権利」のことである。 上場し、この権利を行使(つまり自社株を実際に購入)し、その後どこかのタイミングで譲渡(=売却)することで、(売却金額) - (購入金額) が確定して上述の税金が課せられる。

ここではストックオプションとして 無償ストックオプション(税制非適格・税制適格・信託型)と有償ストックオプション について整理する。それぞれの詳細は以下で紹介するが、税金を考える上で共通して重要なのは以下の 3 つのタイミングである:

  • 権利付与: ストックオプションの権利が与えられるタイミング。
  • 権利行使: ストックオプションの権利を行使して自社株を実際に購入するタイミング。
  • 株式売却: 株式を売却し利益が確定するタイミング。

ここからは、具体的な数字があった方が分かりやすいので、次のようなシナリオを考えることにする: A が株価 1 万円のタイミングで入社してストックオプションを獲得 → B が株価 100 万円のタイミングで入社してストックオプションを獲得 → 上場して株価 250 万円 → A,B が株価 300 万円のタイミングで株式を売却

無償ストックオプション: 税制非適格ストックオプションの仕組みと税金

ストックオプションは以下のようなものとする:
A: 10 万円で 100 株買える権利
B: 100 万円で 30 株買える権利

  • 権利付与時は税金は課せられない
    • 入社時が権利付与のタイミングで、行使価格は簡単のためその時の株価と同一のものとする
  • 権利行使時に税金が課せられる(給与として課税される)
    • A は (250 - 10) x 100 = 24000[万円], B は (250 - 100) x 30 = 4500[万円] が給与として解釈され、社会保険料や税金が課せられる。
    • 給与に対する社会保険料や税金が高いことはこれまでにみてきた通り。しかもこのタイミングではお金が手元に入るわけではないので、税金を払うのが大変。
  • 株式売却時に税金が課せられる(株式譲渡所得として課税される)
    • A は (300 - 250) x 100 = 5000[万円], B は (300 - 250) x 30 = 1500[万円] が株式譲渡所得となり、税金が課せられる。
    • 実際にストックオプションを行使して株式を購入するときに、A は 10 x 100 = 1000[万円], B は 100 x 30 = 3000[万円] が必要となることに注意。

無償ストックオプション: 税制適格ストックオプションの仕組みと税金

税制非適格ストックオプションは、権利行使のタイミングで税率面で不利な給与として扱われ、しかもお金が手元に入ってない段階で税金を払う必要性があり、厳しい。 これを改善したものが税制適格ストックオプションである。税制適格ストックオプションになるためにはいくつかの要件を満たす必要があるが、ここでは割愛するので興味があれば例えば次を参照: https://biz.moneyforward.com/ipo/basic/1039/

ストックオプションは以下のようなものとする:
A: 10 万円で 100 株買える権利
B: 100 万円で 30 株買える権利

  • 権利付与時は税金は課せられない
    • 入社時が権利付与のタイミングで、行使価格は簡単のためその時の株価と同一のものとする
  • 権利行使時に税金は課せられない
  • 株式売却時に税金が課せられる(株式譲渡所得として課税される)
    • A は (300 - 10) x 100 = 29000[万円], B は (300 - 100) x 30 = 6000[万円] が株式譲渡所得となり、税金が課せられる、と言いたいところだがこれは B の場合正しくない。
    • 残念ながら B はこれが一年では実行できない。仮に手元に(もしくは貸してくれる相手がいて)3000 万円あって全部まとめて購入できる状況であったとしても。税制適格ストックオプションの条件で、年間の権利行使価額が 1200万円 以下である必要があるためである。なので、このケースでは B は全ての権利を行使して利益を確定するのに上場してから最低 3 年はかかる。
    • ここではこのような状況も起こりうるということでわかりやすさ重視の架空の株価設定をしているが、未上場のスタートアップ企業に入社する多くの場合ではその時点の株価はそこまで高くはないのでこういう事態に陥ることは少なそう。しかし、もし上場が視野に入っているような企業に入社する場合はこの点を確認しておくとよいだろう。

無償ストックオプション: 信託型ストックオプションの仕組みと税金

税制適格ストックオプションは全て株式譲渡所得として機能する理想を具現化したものだが、上で紹介したケースのように入社時期や条件によっては困難が生じ得る。 より労働者に有利なスキームとして、信託型ストックオプションがある。これは企業価値が上がる前の低い価格で発行したSOを信託でプールしておき、後で付与対象を決めるというプロセスにすることで、入社タイミングに依らずに低い行使価格を実現するというもの。 信託型ストックオプションが具体的にどういうスキームなのかはここでは説明しないので、興味があれば例えば次を参照: https://www.plutuscon.jp/services/2479
また、信託型ストックオプションを成立させるための手順や条件についてもここでは議論しない。

ストックオプションは以下のようなものとする:
A: 10 万円で 100 株買える権利
B: 10 万円で 30 株買える権利

  • 権利付与時は税金は課せられない
    • 権利付与のタイミングは入社時ではなく後から決められる。具体的には ”将来ストックオプションと交換ができるポイント” を付与している状態で、最終的に信託が満了したらこのポイントを集計し、ポイントの比率に応じて信託に保管されていたストックオプションの付与相手・付与比率を決定する、という流れになる。
  • 権利行使時に税金は課せられない
  • 株式売却時に税金が課せられる(株式譲渡所得として課税される)
    • A は (300 - 10) x 100 = 29000[万円], B は (300 - 10) x 30 = 8700[万円] が株式譲渡所得となり、税金が課せられる。
    • この場合は B も 300万円 あれば全ての権利を一度に行使でき、大きな利益をまとめて得ることができる。

ここまで見ると理想的だが、信託型ストックオプションの税制がどうなるかが 国会の 46分 ころからの答弁 でもなされており、今後どうなるかはかなり不透明である。 もし信託型ストックオプションが付与される会社に入社する場合は、この不確実性とかはよくよく勘案した方がよさそう(勘案するのは難しいけど、少なくともそのことは自覚しておくべきそう)。

有償ストックオプションの仕組みと税金

ここまでで紹介した 3 つが無償(権利が付与されるときにお金を払う必要がない)だったのに対して、有償ストックオプションも存在する。 無償ストックオプションが職務執行の対価(報酬)として付与されていたのに対して、有償ストックオプションはその名の通り株式の公正価値に基づいてストックオプションを実際にお金を払って購入するという仕組みである。

これは実際に権利を行使する(ストックオプションを行使して実際に株式を取得する)ための条件として業績目標や株価目標などが設定されるというもので、それを満たさない限り行使ができない。 つまり、お金を払ったはいいものの、業績目標や株価目標などが達成されない場合は権利を行使することができず、金銭的に損をすることになる。

公正価値に基づくストックオプションの行使価格や行使期間なども含めて、労働者が自己の判断に基づき投資をするというようなスキームになっている。 公正価値とは、金融工学(デリバティブなど)の知識、会社法の知識等などに基づいて決められるもので、リスクのある金融商品のようなものなのでその時の株価よりも安く購入できる(典型的には株価の数十パーセント程度の金額?ケースバイケースでかなり差がありそう)というものらしい。 有償ストックオプションは無償ストックオプションに対して法律・会計・税務の面で有利とのこと。

この辺は自分の理解不足で断定的な書き方ができていないが、例えば次を参照: https://www.businesslawyers.jp/articles/140

税務の面で有効というのは会社が採用するスキームとしての話で、労働者の税の体験としては税制適格ストックオプションや信託型ストックオプションとそれほど変わらない。 ストックオプションを購入する段階では課税されず(ただしここで自身が金銭を払って購入する必要がある)、無事に業績目標などが達成されて行使できるようになり、売却すると ((売却価格) - (購入価格)) x (株数) が株式譲渡の利益として課税される。

RSU の税金

株式なら上場企業で採用しているところもある RSU はどうなのか?ということで、これに関しても簡単に整理しておく。

RSU は大まかには一定期間勤務後に会社の株式を受け取ることができる仕組みである。 よくあるパターンは 3~5 年で N 株付与する、そしてそれは 1 年毎に M% ずつ履行される、みたいなやつ。 ストックオプションは株式の購入権利だが、RSU は株式そのものがもらえる。 詳細については例えば次を参照: https://www.soico.jp/restricted_stock_unit/

RSU への課税は基本的に税制非適格ストックオプションと似たような流れを辿る。

入社時にユニットというポイントが付与され、そのポイントは一定期間の勤務後に株式が得られる権利として確定して、実際に株式が得られる。この株式が得られたタイミングで (株価) x (株数) が給与として解釈され社会保険料や税金が課せられる。 その後に売却したタイミングで ((売却価格) - (付与されたタイミングでの株価)) x (株数) が株式譲渡所得となり税金が課せられる。

税という観点では、RSU は税制非適格ストックオプションに類するものであり、その意味で不利である。 さらに、非上場株であれば株価が 10倍 ~ 100倍 になるということはあり得る(というかそうでなければそもそも上場して株が自由に売買できる状態になり難い。もちろんそこまでいかない会社が大多数であるが)が、上場して RSU を採用してる会社の株価がそこから 10倍 ~ 100倍 になるということは稀であろう。

もちろん RSU は確実に株式が得られるという利点もあるが、その確実さも含めて給与とは別の形式ではあるが勤続年数に応じて給与に上乗せがある、くらいの期待としておく方がよさそうに思われる。

ベスティングという概念について

ベスティング (vesting) とはストックオプションや RSU とは独立の概念で、一定期間の経過によって権利を確定させる契約条件のことを指す。

ストックオプションや RSU の文脈においては、権利付与が時間と共に少しずつなされていって、N 年経ったら 100% 権利付与がされる、という使い方がされることが多い。 例1: 入社 3 年後に一気に 100% の権利付与がされる。 例2: 入社 1 年毎に20%ずつ権利付与されて、5 年後に 100% 付与される。

ストックオプションを発行する会社側に立つと、上場の蓋然性が高まってきたというタイミングで入社する人にも多くストックオプションを発行したはいいが、上場した瞬間に一斉に権利行使して売却して辞められたら、投資した分のリターン(優秀な人材が長く働いて会社成長に寄与してくれる)が十分得られず、一斉に売却されることで株価が暴落する危険性もあり、リスクが大きいことが分かる。

ここにベスティングを導入することで、会社としては投資した分のリターン(優秀な人材が長く働いて会社成長に寄与してくれる)を得つつ、個人としてはちゃんと貢献をすれば後から入った人も大きな金銭的リターンを得ることができる、というバランスを実現することが可能となる。

ベスティングを使うことで、理想的には会社の利益と労働者の利益をうまくバランスさせることができる、ということになる。

まとめ

給与・株式譲渡における税制を基礎知識をまとめ、ストックオプションの種類についても理解をした。こういうのは理解したと思ってもすぐに忘れがちなので、備忘としてまとめておいた。

ここで調べた以外にも自分が疑問に思った色々を調べたりもしたのだが、書くのが大変になったので一旦ここでやめておく。気が向いたら追記するかもしれない。

税は複雑で難しいね。税最高!