「宇宙と宇宙をつなぐ数学」を読んだ


TL;DR

  • 宇宙と宇宙をつなぐ数学 を読んだ
  • 考えている問題がなぜ難しいのか、それをどういう発想で解いたのか、を驚くべき平易さで執筆した意欲作
  • 技術的な詳細は分からない(それは本が目指すところではない)が、一線級の数学者がこのような一般向けの本を書いてくれるのは実に有難い

宇宙と宇宙をつなぐ数学という本が面白い、という話をどこかで耳にしてどういう本なのかちょっと調べてみた。 この本は ABC 予想を証明したという望月新一氏が構築した Inter Universal Teichmuller theory (IUT 理論) (vol.1, vol.2, vol.3, vol.4, pdf 注意) を数学者の加藤文元氏が書いたという本であることを知る。

加藤文元氏という名前を見て 数学する精神 を読んだ記憶が蘇ってきた。 大学か大学院の時に読んだ本だけど、この本がとても面白かったのを覚えている。 細かく内容は覚えていないが、連続に関する考え方の説明や、パスカルの三角形を使って二項係数の係数を求めていってそれを負に拡張したりしていた気がする。 数学における考え方を無味乾燥な技術的観点ではなく人間的の精神活動の観点から解説してくれるような、そんな良本だった。

数学する精神がとても良い本だったこともあり、宇宙と宇宙をつなぐ数学も読んでみることにした。

感想

めちゃくちゃ良かったのでオススメ。 特に、数学に興味があるけど(大学以降の)数学の知識がないのでそれを要求されるものは読めない人とか、数学者がどういう風に研究しているのか興味がある人とか、読んだら間違いなく楽しめるだろう。 数学的な前提知識はほとんど要求されないし、例えば群の説明なども必要となる部分をかなり丁寧に分かりやすく説明されているので、ほとんど誰でも読んでいける内容と思う。 かなり一般向けの書き方がされている本なので、IUT 理論の具体的・技術的な詳細に立ち入ることはせず、その動機や目指すところを噛み砕いて紹介している本である。

最初の方は IUT 理論の革新性やこの理論が ABC 予想を解くための理論ではなくそれを包含する壮大な理論であること、そもそも数学者はどのように仕事(研究)をするのかという話がなされる。 前者はめちゃくちゃ刺激的でワクワクするし、後者は学術界隈に詳しい人であれば特に真新しい点はないけど、数学とか理論的な研究ってどんな感じなの?という人にはその世界が垣間見れて面白いのではないかと思う。

そこからは IUT 理論の背景やたし算とかけ算の絡み合いの話、対称性と群の話が展開される。 これらは IUT 理論がいかに自然なアイデアに基づくものかを説明する内容だったり、最終章の IUT 理論の概説のための準備という位置付け。 「準備」という言葉を使ったが、我慢して読まないといけないという類のものではなくて、言葉は平易であるけど数学の奥深さが垣間見れるような実に興味深い内容になっている。

特に、たし算とかけ算の絡み合いという点に着目して「いかに ABC 予想が解くのが難しい問題か」を説明している部分は面白い(ABC 予想が何なのかというのも本で解説されているのでここでは割愛する)。 たし算とかけ算のような基本的(に感じられるよう)な対象でも、ABC 予想のようにたし算に由来するもの(互いに素な ab の和 a + b)とかけ算に由来するもの(積 abc の根基)を関係づけようとすると途方もなく難しくなる、というのはその背後の豊穣な広がりを感じさせてくれて刺激的だ。 ABC 予想が特別なのではなく、そのような難しさはゴールドバッハ予想のように他にも例を挙げることができる。

整数論の予想問題というのは門外漢でもその statement は理解できるというのが面白い点だよなぁ。

群の話も多くの人が理解できるような平易な例から始めて、「対称性通信」によって「モノ」を復元することとそこで必然的に生じる不完全性を説明するという流れは見事だ。 いまの自分はそれなりに知識もあるので「よく書けてて面白いなぁ」というような感想になるが、昔に読んでいたらもっともっと興奮して感動していただろう。

最後に上述の復元と不完全性に着目して IUT 理論の帰結の一端を解説して終了という感じ。 ここはやはり技術的なところに立ち入らないと正確な説明は困難なのだろう、少し抽象的で物足りない感じで終わることになる。 もっともそれは著者も認識していて、これ以上立ち入るにはどうしても技術的な話は避けれず、それは本のスコープを超えた範囲であると述べている。

全体を通して、改めてとても良い本であった。 IUT 理論の論文を眺めても自分にはほとんど何も分からなかったが、それをこれだけ噛み砕いた言葉で説明してくれる努力には頭が下がる思いだ。 誰が読んでも面白いと言うとさすがに言い過ぎかもしれないが、そう思えるくらい面白い本だったので、興味がある人はぜひ読んでみるといいと思う。

話のスケールの大きさも圧倒されるポイントだ。 既存の手法ではうまくいかないことを二年掛けて確かめて、十年もの月日を掛けて理論を完成させている。この話のスケールの大きさは Einstein が特殊相対論を提案してから一般相対論を作り上げるまで十年掛かったという話を彷彿とさせる。 これだけ壮大な話を聞くと、どうしても自分の矮小さを感じずにはいられない。自分はこれほどの期間を費やして自分が価値あると信じる問題に取り組めているのか?圧倒的に No だし、もっと大きな観点を持たねばならないという気にさせられる…

自分と合わなかった点として、同じような記述が繰り返されていた点が挙げられる。 これは本書のような内容に馴染みがない読者が道に迷わないようにという配慮だと思われるが、自分としては繰り返しにページを割くより最終章を少し専門的になってもいいのでもう少し厚く書いてくれるとさらに嬉しかった(上述のようにそれは本書のスコープ外なのだが)。

それと最初の方で望月氏の論文発表後の対応に関してはちょっと擁護的な立場になり過ぎな印象があった。 まあこれは親交が深いということで著者が本人の性格などをよく知っているということもあるのかもしれないし、その他の事情もあるのかもしれないし、事実その通りなのかもしれないけど、読んでてちょっとそう思った。

まとめ

宇宙と宇宙をつなぐ数学、を読んだ。 最先端の数学を、その動機を中心にできるだけ平易な言葉で刺激的に記述してくれている良書だった。オススメ。