家にホワイトボードがあると良いことがあります

TL;DR

  • 家にホワイトボードを買って計算をしよう

自分の家には大きめのホワイトボードがある。 120[cm]-90[cm]というサイズのものである。 今日はホワイトボードがあると何が良いのか、ということに関して述べたい。

良いことはシンプルで、家で立って計算ができるのである。

PCを使って仕事をしている時間が長いと、手を動かして計算しようかなというときに気持ちがノらないことがままある。 ずっと座りっぱなしでうまく切り替えられないのだ。 そして度し難いことに肩も凝ってしまう。

そうするとどうなるのかというと、頭で計算しようとしてしまう。 それでちゃんと計算できる人はそれでよい、しかし自分の場合は往々にして「何となく」の計算をしてしまう。

論文や何かの資料を理解しようとする時はこの方法は悪い結果を引き起こすことが多い。 答えが書いてあるので、「まあ真面目にやればこうなるんだろうな」みたいな思考回路になってしまうのである。 そして誰かにその内容を話すときに如何にも自分で読んで理解しましたという感じで話してしまうのである。

これをやってしまうたびに自分自身に失望する。

あらゆるものを自分で計算する必要はないのでこれが必ずしも悪いわけではないのだが、基本的には自分でちゃんと追わないと理解できないものである。 一旦真面目に手を動かしたことがあると似た問題に出くわした時に頭での計算が「何となく」の少ない明瞭な形でできるのだが、 それをやらずに「何となく」だけでしか計算しないと「見たことがある」くらいの情報しか残らない。

これが常態化してしまうとかなりマズいことになり、「何となく」の積み重ねで来てるので、自分が真に分かってないところがどこかということが見えなくなってしまう。 こういう人同士が議論すると結構悲惨なことになり、お互いが何となくで「論文にこう書いてあった」という他人任せの議論になってしまうので、どこが正しくてどこが間違っているかの議論にならない。

自分でちゃんと計算を追って議論を展開できる場合はこういう事態は回避できる。 例え間違っていたとしても(そしてそういう場合はよくある)、人に説明することで「この部分どうなってるの?」とあやふやなところにツッコミを受け、それを理解しようと議論するうちに間違いが明らかになったり正しさがより深く理解できるようになる。

話がだいぶ逸れてしまった。 そこでホワイトボードですよ。

家で「これどうなってるのかなぁ」とか思った時はおもむろに立ち上がってホワイトボードで計算すればよい。 座りっぱなしも防げるし、ホワイトボードに書く時は自分とホワイトボードの一対一の関係なので、自分がどこで詰まるかも明白に分かる。 理解してると思っていたところでもいざ自分一人で書こうとすると手が動かない、みたいなことはしょっちゅう起こるので、自分がいかに理解してないかを理解することができる。

ホワイトボードはオブジェとしても威厳を感じる佇まいだし、友達が来た時にも議論ができる。 お絵かき対決をしてもよい。 自分はほとんどやったことないが。

値段に関してだが、かなり良い質のものでも1万円は掛からない。 コスパ神レベルと認定できるレベルだろう。 しかし賃貸に住む際に画鋲で壁に止めたりはしたくないという気持ちがある。 自分はでかいポスタースタンドみたいなものを買ってそれに乗せているが、これはなかなか良い。 値段がホワイトボード本体の2倍以上したことはここだけの秘密である。

最近 iPad Pro を買ってホワイトボード使わなくなったなぁとか思っていたが、意識的に使ってみたらやはりホワイトボードが有用だなと思ってこの記事を書いた次第である。

まとめ

みんなホワイトボードを買って計算しよう。




Written on February 9, 2018